三沢洋さんの作品

パンの味の思い出は40年の昔

40余年の昔2度。一度はグループ2度目は一人旅、今年8月と10月ブダペストを訪れた.FinnAir往復切符11万円.
当時の埃っぽい平屋建てだった空港はすっかり扇形状の近代的建物に変わり、名前もフランツ リスト空港となっていた。
"Danubius Hotel Gellert"タクシーの運転手さんの怪訝な顔。慌てて"Szabadsag hid"。
やっと分かった様な顔をして車が動き出す。滞在中最後までこのGallertの発音で悩まされた。黄色い夕暮れの日に染まった道をタクシーが流れるように進む。 
  記憶が薄れる中、___過去のその日。未だ朝早い仄暗いパン屋の前には、仕事に行く労働者達が群れを成し並んでいた。最後尾に立った私にみんなが前へ行け 前へ行けとおすではないか、分からないまま押し出された。若い東洋人一人可哀想と思ったのだろう。数個の丸いパンを求め、コインを知らない私の掌から店員 が金額を取ってくれた、ただ一人、霧に包まれたドナウ川の辺りで食べた。人の心の温かさのあのパンの美味さが忘れられない。言葉も分からぬ見ず知らずの若 者と「雄牛の血」と言われるワインを飲みすっかり酔い、肩を組み、朦朧と歩いていた夜のブダの街。ふと気づいたら、緑の軍服と赤い肩章を着て小銃を抱えた 10数人の兵士の真ん中にいるではないか、一瞬に酔いも覚めた――あの町はどこだったろうか――。 。
あの日ジョールへ向かうのバスの窓から見え た建物に残る生々しい無数の弾痕は今でも私の心に傷のように残っている。40年経た今はその痕跡すら見えない。,立派な美しい建物が立ち並ぶ。車は夕暮れ の市内の雑踏の中を流れ、そして程なくドナウ川べりの中世の邸宅のようなホテルに到着

王宮の丘は天の庭の散歩

王宮の丘にたどりつこうとやっとの思いで急な石段を上り詰めたが分からなくなり、偶々通りかかった犬を釣れた青年に聞いたら向こうですよと反対の丘を指すではないか
また下ってようようの思いで丘の南端につくレモンティーとパイで元気をつけ歩き始める。
いくつもの区画がされ土を盛り上げてある。
道 は全て石畳、ひとつひとつ石工がつくりあげたものが何処までも波打って続く、歩きにくい、気をつけないと躓く。一王が歩き、王妃が歩き、兵士も戦い、血を 流したであろうと思うと感慨深い~一何百年に渡り磨り減って丸みを帯びた石畳の美しい道をカメラに次々と撮っていたら通りかかる人が怪訝な顔をして見てい た。
歴史博物館に入り 入場料の数字の前に書かれた一字の意味を聞いたら一人につき一一と教えてくれたので 1200ft払おうとしたらガイド料 とのこと入場料は要らないと ただ荷物はお預かり。道に人形としか思えない兵隊が立ち、鼓笛の音と共に兵隊が行進してくる。高価で買い上げて貰ったらしく 画家が嬉しそうに握手している、中世の兵士の服装した子供が弓矢を握って矢を放って歓声をあげている、焼き栗の匂いが漂い、蜂の巣のような漁夫の砦がユー モラスな姿で連なり、美しく青空にそそりたつ教会は尖りすぎて、カメラに収まらない。再校の天気に恵まれ、気持ちよい。土産を買い又歩く。天の庭の散歩見 たい、歩く人みんな幸せそう。

 

ドナウ川べりを歩き下って

ドナウ川の流れに沿ってひた すら歩いた。登校する工科経済大学の学生と一緒になった。薄暗いキャンパスを塀の外から覗くと、赤い実を花のようにつけた小さな樹木が印象的であった。川 から離れたりついたりで歩いていて疲れたので休もうと、近くの公園の木の茂みに入ると、思いがけなく不思議な彫刻の像の群れを見つける。字は読めないが、 殉難者の慰霊の為としか思えない10数個の像はムンクの「叫び」の上半身そのもの。ブランクの表情には深い悲しみが滲む(A HAZAERT ELTEK HALTAK―― "生き、死んだ、祖国の為に"・・・ホテルの美しいハンガリー女性が英語に翻訳してくれた

さ らに歩き続けると 家も人も次第に疎らになり、荒廃が目立つようになった。Budafoki utと表示がでていた。尚も歩いていくと突然左手の木の間から川が見えた。ずっと下流になったドナウ川は堤防もなく自然の川べりとなっていた。対岸も遠く 水は薄く濁り、音もなく流れてゆく。何百年のブダペストの人々の喜び、苦しみを眺め、全てを無言で包み、滔々と南に流れ、光った水平線の彼方へと消え、や がて地中海へと注ぐのであろう。静かな無常感に似た気持ちに包まれて暫く立ち尽くした。
何度か橋を渡り、よく整えられた歩道を歩ん帰路に着いた。川べりに幾つかの巨大なドングリが落ちていた。その中から10個ほど持ち帰った。日本の川べりに播くつもりでる。

巨大なパン、安い物価 中央市場

欧 州一と言われる中央市場は何時も大賑わい。下の階は野菜、果物など。種類と量もすごい、中でも圧巻は巨大な肉塊が累々、赤く全く脂身のなく美しい。そして 巨大なパン、大きい物は直径4、50㎝は優にある。買うはよいけど、どうして持ち帰るのかのかと思ってしまう。450ft(180円)のライ麦パンを買っ た。頭がリュックから覗いてしまった。一人の食事ならまず1週間はある大きさ、重さ、厚さである。私が日本で買っているフランスパンは400円で質量とも 半分。階上は刺繍、革製品など歩くのも大変なほどぎっしり。
話は飛ぶが、私のホテルは(4つ星)シングルルーム7泊で499ユーロドル(50,000円)。
朝食付き。これが一番楽しみだった。量良し、質良し、一日食べずも大丈夫なほど。このホテルのレストランで高価な料理とビール大2杯での二人分の感情は15,000ft(6,000円)
だった。普通や毎夜6000ft(2,4,00円)程で夕飯にしていた

人途切れることなく上る ゲレールトの丘

ホテルの横はGellertの丘の徒歩の登り道。暑い夏のせいでもあろうが一晩中賑わい、声が途切れることがない。真夜中でも人々が登り続ける。若者も、老人も、乳母車押す母親も登る。夜景の美しさと暑い下界から涼しさを求めてだろう
タクシーもある、バスもあると言われたが、私も歩いて登った。上には、シュロの葉を天に掲げる有名な女神像など幾つかの大きな銅像があり、ツィタデラの要塞、砲台もあり売店も並ぶ、立派なレストランもある。
何 と言ってもここの木の間越しに眺めるドナウ川と周辺の建物の調和した美しさにドキッと息をのむ。何百年も経てきた都市の興亡の重さが、物哀しいまでもの美 しさと静かさで見る人の心に迫ってくる。一日眺めても飽きない景観である。ブダペストはドナウ川の宝石と言った言葉が身にしみてわかる。

アンドラーシュ通りで道に迷い

バ -ツイ通りを経て、聖シュヴァーン大聖堂、アンドラーシュ.通りの終点英雄広場まで3時間かかった。街路のレストランでは分からない言葉でが食べてゆかな いかと勧められ、男達にやたらにhop on offのバスの切符を売りつけられながら、買い物をして歩いた。さがしても 中々リスト記念館が分からい。やっとわかった。無理もない、現代で言えば普通 のアパートとでも言えそうな薄暗いビルの一隅でしかない。然し内部は流石リスト― ―凝った立派リストのピアノ、家具などの遺品が並ぶ。怖い顔した老女性 が目を離さず監視していた。宣伝をして観光客が押し寄せたら動きがとれない。英雄広場には天使の像が建ち並び、美しい城が聳える。
帰路は大群衆と でも言いたい程の団体観光客に巻き込まれ、押されているうちに道に迷ってしまった。来た時と違った通りを下っているのに気付いた。中年の女性に"これドナ ウ川に向っているか"と聞いたら、"igen(yes)"と言ったので安心して歩いていたがどうもおかしい。人も少なくなってきた。こんどは年配の女性に きいたらドンドンまくし立てついて来いと言う表情をする。後ろからついていったら一人の老人が現れ二人で何か論じあい始め 彼にバトンが渡る。また私に早 口に言う"Nem Magyar!!"と言っても取り合わない。メトロとかパーラメントとか切れ切れに分かった。早々にお礼を言って歩いていったら、確かにメトロだ。だがこ れに乗れるなら苦労はしない。次に若い男性に聞いた。私の持っている市内地図を見て、"これにも載っていないずっと離れた所だ"と言いながらタクシー止め てくれた。お礼をいい飛び乗った。"Szabadsag hid"と言ったら、簡単に分かってくれて走り出した。暫くしてMargit hidと書かれて標識が見え安心。感じのいい若い運転手だった。荷物忘れるなと気遣い優しかった。2500ft払ったら大喜びサンキューの連発とともに消 えて行った。

たった一人の 観光客 センテンドレ

バッチャニテールからHevに乗ったら45分。霧に包まれた鄙びた幾つかの駅を過ぎ直ぐ終点センテンドレ。気づいてみたら全員降りてしまって私が一人になっていた。青年が"ターミナルターミナルセンテンドレ"と教えてくれた。
人々 は外套を着て厚い帽子を被っている。霧が深い、寒い。意を決して歩く。霧に包まれた小さなな村は赤い屋根の人家が建ち並び、人影も疎ら。男の子が椅子や テーブルを寒そうに準備していた。濡れた石畳の道を歩いていくと曲がりくねった石段があった。登ったら古いカトリック教会があった。キリストの十字架像が 枯れ木の庭の壁に掛けられてあった。落ち葉散り敷く閑静な庭で写真を撮っていたら、近くに学校があるらしく子供達の明るい歓声が響いてきた。
小さ い路地は何処まで行っても古く摩耗した石畳が続く。何ともいえない美しく趣があった。童話の国に迷い込んだような気持ちでひと気のない所を一時間ほど歩き 回った。ドナウ川は深い霧で、船着き場に繋がれている小舟もボンヤリしか見えない。ただ一人の観光客の贅沢な気分に浸っていたら、車の女性がやたらにニコ ニコして一生懸命手を振るではないか、分からないまま手を振返し、またHevに乗り帰ってきた