川合智司さんの作品

ハンガリー旅行

社会主義政権下にあった1980年当時にハンガリーでともに勤務していた仲間3人が夫婦で、ブダペスト4泊 の旅行をした。ハンガリーのほかに行きたいところがそれぞれリスボン、パリ、ルクセンブルグとことなったので、出発も帰国も別々で現地集合、現地解散の旅 となった。ドナウ川沿いのホテルからはベッドに横になったまま早朝にはばら色に輝き、夜はライトアップされた対岸の王宮が眺められ、朝起きてまず見て、夜 寝る前にまた見て、その美しさに見とれる。なんて美しい町だろうと改めて思う。記憶を頼りにバスや地下鉄や市電を使って、乗り間違えたりしながらも、それ ぞれが務めていた事務所、住んでいた家を訪ねたり、当時事務所に勤めていたハンガリー人職員に会ったり、昔懐かしい市内を動き回り本当に楽しい4日間でし た。途中、一日をブダペスト近郊のブガツプスタへドライブ。広いハンガリー大平原の景観を楽しんだり、馬のショーを見たりして過ごしたひと時は忘れがた い。シーズンはずれのプスタにはあまり人もなく、閑散としている。チャールダのテラスに座っていると心地よいそよ風が大平原の高いポプラ並木をざわざわと ゆする。青くて、ひろーい、ひろーいそしてひろーい空の下、ポプラのざわめく音、鳥のさえずり、時々聞こえてくる馬のいななきの他には何も聞こえてこない 時間を心ゆくまで楽しむ。まるで自分が自然の中に溶け込んでしまったような感じがする。

体制転換で、ブダペストの通りの幾つかは名前が変わってしまい、よく車や電車で通っていたモスクワ広場、 レーニン環状路、人民共和国通り、11月7日広場などは、それぞれセール・カールマーン広場、テレーズ環状路、アンドラーシ通り、オクトゴンなどとなっ た。頭の中にしみこんだ名前はなかなか変わらない。それでも人民共和国通り(Nepkoztarsasag utja)というのは発音に苦労していたのでアンドラーシ通りのほうが助かる。久しぶりに現地の新聞を広げてみる。大統領や首相はともかくとして、出てく る大臣以下の要人の名前はみな聞きなれない名前ばかり。一面のトップには、「年金の個人負担額に上限」とあって、年金と健康保険の個人負担額に上限を設け ることが議論されているとあった。高額所得者の負担金額を一定の金額で固定しようという政府の意向に議論が沸き起こっているということのようだ。日本では こういう考えはまず出てこないのではないかと思う。
残念だったのは、時間が足りなくて温泉にゆっくりとつかれなかったこと。
一寸参ったのは、ひどく脂っこい上に量が多いハンガリー料理。滞在中日本料理屋の厄介にはなるまいと決めていたのに、全員で一回飛び込むことになってしまった。かつては量も脂っこさもさほど気にならなかったのにそれだけ年をとったということか。
仲間に誘われたのでしかたなく重い腰を上げるまでは、昔7年も住んでいたところで嫌というほど見たところ、良く知っている所をなぞるだけの旅にはあまり乗 り気になれなかったが、プスタで過ごした数時間は忘れがたいものとなった。本当に行って良かったと思う。帰ってきたばかりなのに、あのプスタへまた行きた くなった。