堀崎佳子さんの作品

ハンガリー「旅の思い出」

ハンガリーへの旅を終えてから、はやくも5か月が過ぎ、日常のあわただしさの中で、あの時の感動はどこかへ消えてしまったような気がする。しかし、思いかけず受け取った一枚のはがき「ハンガリー旅の思い出作品募集」は、私を再び、あの夢のような感覚の中に引き戻した。
 私にこれほどまでに、生きている実感、生きている感動を与えたものが、ここ数十年あっただろうか、と考えると、この一枚のはがきを単に放り出してしまう には、あまりにも愚か過ぎた。"何とかしなさい"と私に訴えかけているようで、その瞬間、ハンガリー旅行での一コマ一コマが、鮮明によみがえってきたので ある。

 かつて、海外へ旅すると、必ず私なりの旅のまとめをし、将来への自分への生き方につなげていった。しかし―、最近は多忙すぎるのか、面倒になってきたの か、"旅を終えると、すべてが終わった"といった、何一つ総括らしきことはせず、日常の煩雑さに身を置くようになっていた。
 しかし、今回は何か違う、そして、一枚のはがきが私の手元に届いたのは、決して偶然ではないことに気付き始めていた。

 ハンガリーへは、初めて足を踏み入れた。なぜハンガリーを旅の目的地に選択したのか?私には、明確な理由はない。ただ、夫と出かける私たちの旅の目的 は、単なる物見遊山、ショッピング、食事ではない、ことは確かであった。自分の足で歩き、自分の目で見、自分の頭で考える―これを基本として、旅を重ねて きた。
 今、思い起こして、私をこれほどまでにハンガリーにひきつけたものは何だったのか、と考える。その答えが、私の自分への質問"なぜハンガリーを旅の目的地に選択したのか?"と必然的にむすび付くことを、今あらためて感じるのである。
 少しずつ姿を現し始めた記憶をもとに、あの時の感動を再現したいと思う。

 2012年4月16日、私は夫と共に機上の人となった。私たちの旅のモットーは、いつもそうしているように、二人だけの行動、小さなホテルでの宿泊、現 地の人々とのふれあい、である。もちろん、そのためには事前の準備が相当必要であるが、それもまた旅への興奮を高まらせてくれる。
 ブダペスト5泊、ホッロークー2泊、トカイ2泊、ケカプ3泊、タルツァル1泊(予約していたフライトがキャンセルのため、予定外の宿泊となった)という、ハンガリーだけの、しかも北東部に限った旅であった。

 フランス、シャルルドゴール空港で乗り継ぎ、ハンガリーに入国した。ブダペストを初めてこの目で見たときの、あの胸の高まり、感動は、いまでもはっきりと自分の胸に迫ってくる。まさに新緑の季節、鮮やかなが、私たちをあたたかく迎えてくれた。
 ピカピカと輝く木々の中をタクシーは走り抜け、エルジェーベド橋を渡ってブダ側に着いた時、さらに美しさは増していった。

 ブダペストでの5泊滞在中、公共交通を駆使して、市内を歩きまわった。どの場所をとっても"絵"になり、どこを歩いても、感動の連続であった。
 ゲッレールトの丘から眺めるドナウの流れ、アンドラージ通りの新緑の鮮やかさ、朝食前に毎日歩いたマーチャーシュ教会から王宮近辺、オーダブ界隈の街並、すべてが美しかった。
 そして極めつけは、なんといってもくさり橋近辺の夜景であった。
 イシュトバーン大聖堂でのコンサート終了後、宿泊場所へバスでもどる途中、車窓からのくさり橋に圧倒された。私たちは9時過ぎ、わざわざ途中でバスを降 り、その美しさにしばし釘づけとなった。そしてその感動を持ち続けたいがゆえに、約40分かけて歩いてホテルまでもどったのである。

事前に考えていたブダペストより、実際は何倍も美しかった。
 "あと一泊したい"―その興奮が冷めきれぬまま、私たちは東へと向かった。
 ホッロークー、トカイ、ケカプへと足を延ばしたが、どこでもその街並、木々の美しさに魅了された。

 しかし私が言いたいのは、目から感じる美しさだけではない。そこに住む人々のあたたかな心が、この美しさを保っているのだと確信できるほど、人々は本当に親切だった。
 例をあげてみよう。ハンガリー語は発音も字体も難しい。地方へ行くとかなり英語は通じなくなる。それでも私たちが道をさがしていると、必ずだれかが声をかけてくれた。
 ことばが通じなければ、絵を描いてくれた。人々との心の触れ合いをこんな時ほど感じたことはない。

 ケカプは、やっとの思いで見つけた。スロヴァキアに近い森である。乗客は私たち二人だけ、という小さなディーゼル車に乗り、目的地に着いた。そのケカプでも、決して忘れることのできない出来事があった。
 ケカプにはいくつかハイキングコースがあり、出発地点に概略図が掲示されていた。歩くことの大好きな私たちは、一コースを選択したが、詳しい資料は持ち 合わせていなかった。全くハイカーのいない道―いざとなれば、歩いてきた道を戻ろう―、そんな気持ちで歩き始めた。空はどこまでも澄みわたり、新緑の鮮や かさだけが目に染みた。小鳥たちのさえずりは、さらに私たちの心を和ませてくれた。
 歩いているだけで充足感が得られた。ましてや"ここは、ハンガリーである"―そう思うだけで日本国内を歩いている時とはまた違った、満ち足りた感覚を体中で受け止めていた。

 そして、歩き始めて20分ほど経過しただろうか、遠くのほうで一人の男性が、その母親と小さな子供を連れて遊んでいる姿を見かけた。
 「こんにちは」のひとことで終わるはずだった。が、幸いなことに彼らは地元の人々で、その男性は私たちに英語で、最適なコースを詳しく説明してくれた。 そのままあいさつだけで終われば、それだけの関係であったが、彼の方から話しかけてくれた、その親切さがその日一日、私たちを元気づけてくれた。
 「いろいろおしえてくださって、本当にありがとう。」という私に、「喜んでもらえて、私も本当にうれしい」ということばが返ってきた。その時の彼の表情 はいまでもはっきりと思い起こせる。うわべだけの親切心ではなく、心底 彼のあたたかさ、人柄が滲み出てくることばだった。
 そして、前にも後にも5時間ほどの行程で、彼以外だれ一人として会うことはなかった。

その他思い起こせば、次々とあたたかな心に出会った瞬間がよみがえってくる。
 「こんにちは」という日本語は多くのハンガリー人が知っているようである。私たちが日本人だとわかると、「こんにちは」と、笑顔と共に呼び掛けてくれた。
 小さな駅で、私たちが下車すると、10代の男の子たちが車窓から身を乗り出して、「こんにちは」と、いつまでも手をふってくれていたのを思い出す。彼ら と私たちの間に流れていたものに"さようなら"と"こんにちは"の区別など、どうでもいいことであった。ただただ、うれしかった。

 あたたかな人々の中で、私たちの体の中にもあたたかなものが流れていくのを、ひしと感じていた。私たちが旅に求めていたものはまさにこれなのだ、と実感 する。五つ星のホテルに泊るわけではない、特に高価なレストランに入るわけでもない、それでも、これほどまでに私の心を満たしてくれた旅があっただろう か?と考えると、"贅沢"ということばが頭の中をかけめぐる。

 "私たちにとって、こんな贅沢な旅があっただろうか?"

 今回二週間、ハンガリーに滞在して何一つ不満な点はなかった。
あえて言えば、ブダペスト市内のトイレの少なさくらいであろう。日本の各駅に、必ずトイレが併設されていることに慣れている私たち日本人にとっては、大きな地下鉄の駅にトイレがないことに驚いた。
 しかし、私は心から叫びたい。
 "ハンガリーのすべてが美しかった。風景も、そこに生きている人々の心も―"

 日頃、ストレスのたまった私の心を、心底いやしてくれたすべてのものに感謝したい。
 "ハンガリーの皆さん、本当にありがとう!!"