井上潔さんの作品

ハンガリー大平原プスタでの休日
~ホルトバージュの馬と人々

子供の頃、「さすらいの孤児ラスムス」という本を読んで、いつかヨーロッパの田舎の村を気儘に歩いてみたいと思った。シニアになり3人の息子も独立し、もう肩の力を抜いて気楽にやっていいですよと言われた気分になり、今迄行ったことのないハンガリーの田舎を一人で歩いてみようと思った。8月31日にブダペストに着き数日の街見物の後、旅行用のスーツケースを民宿に預け、3日分の荷物をリュックに詰め、バックパッカーの身なりで東駅から汽車に乗った。
目指すはハンガリー東部の大平原プスタが拡がるホルトバージュだ。小さな駅に着くと驚いたことに駅員が居ない。ユネスコ世界遺産の国立公園があるというのに駅の周辺には案内板も立て看板もなく、のどかであった。
9月初旬とは言え日中は32度を超え、リュックを背負っていると喉が乾く。見ると道端で果物を売っている親父さんがいた。余りに旨そうだったので「すもも」を4つにぶどうを2房買って歩きながら食べたいと身振りで伝えると、ビニールの袋に水を入れてくれた。代金は40円もしなかったが、後で考えると水の方が高いのだ。兎に角美味しく無我夢中で一気に食べた。


ボルトバージェの家

ビジターセンターで情報を得てから、サファリバスで国立公園の中に入った。観光客は自分の他はオランダから来たシニアの夫婦とドイツの中年の夫婦の2組だけだった。ここは自然と人間の共生をテーマに、プスタの野鳥や灰色牛、オオカミなど珍しい野生動物を自然な姿で歩いて見て回れる。その後、3km離れたHortobagy Club Hotelまで農道を歩いて行った。


村の小道の路傍で売っていた果物


今日の泊り宿

翌朝、ホテルの隣に面したマータMata村の種馬飼育場と放牧地を見に散歩に出た。ここには300年前からホルトバージ原産馬のノーニウス種の馬が飼育・放牧されていて、馬小屋の向うにはプスタが開けている。ハンガリー人の祖先マジャール人は遊牧騎馬民族で9世紀にウラル山脈の中南部の草原からこのハンガリー大平原へとやってきたという。このどこまでもまっ平らな土地を見ていると、新天地を見出した彼らの心情がわかる気がした。

乗馬を習おうと、馬場の窓口に可愛い娘さんがくると早速申し込んだが、駄目だという。第1にここは事前の予約が必要で、飛び込みは受け付けないという。こちらも遠い日本から来て今しか時間がないのだと粘る。お互い片言の英語での交渉だが、今度は乗馬用の靴や服を持っていないから駄目だという。旅行用のハイキング靴を見せてこれで大丈夫というと、呆れたようにコーチと相談すると言って馬小屋に入っていった。漸く初心者用コースでの乗馬がOKとなったが、落っこちて怪我しても自己責任だからと念を押された。この可愛い娘さんは僕が62歳の年齢で、経験もなく、おまけに右腕が不自由で左腕だけで乗るというので、本当は心配してくれていたようだ。すぐに諦めるだろと最初にお金を受け取らず、暫く様子を見てくれた。この写真は、そんな彼女に、乗馬に慣れ余裕が出てきた時に、馬上から声を掛けて撮って貰ったものだ。コーチは男女二人の先生が付いてくれた。馬は女の先生が手綱を操り、男の方は上級の先生らしく英語が喋れるので、態々僕の為に付き添ってくれたようだ。この先生が時折"Be proud of yourself!"(胸を張って背筋を伸ばして!)とか叫ぶ。こちらが少し慣れてくるのを見ると、今度は突然馬を走らせたりする。危うく落っこちそうになって内心ギクッとすると、"Scared?"(怖いか?)と聞いてくる。日本男児が"Yes, Scared."と答えるのもみっともないので、取り敢えず"Surprised"(驚いた!)と答えると、笑い出した。段々と愉快な気分になり、ここで2~3日練習したらプスタを走れるかと聞くと、大平原は遠くから見ると平らにみえるが、実際はデコボコで馬が足を取られたり、小動物が突然穴から出てきて馬を驚かせたりするので、乗馬の上級者でも難しいと答える。この騎馬民族の末裔の人達からハンガリーの馬のメッカのような処で、こうして乗馬を教えて貰い話ができたのは得難い経験で、実に楽しかった。


マークの村の放牧


乗馬を習う

ホテルに戻って温泉で一風呂浴びてから、次はEgerの美女の谷でワインを味わおうとHortbagyの駅 へと歩いた。村の放牧地のような処に細い1本の道が続き、遠くに牛飼いと牧羊犬が牛たちを見守っている姿が見えるだけだ。線路に近くなって道が広くなった と思うと、馬に台車を引かせて草を集めている爺さんに出会った。さすらいの孤児ラスムスもこんな風景の中を歩いたのだろうかと空想した。ハンガリーの田舎 には、人も自然もゆったりとした優しい空気が流れていた。


牛飼いと牧羊犬が見守っている


爺さんに声をかけたら頷いた

注)帰国後、さすらいの孤児ラスムスはいったいヨーロッパのどこの地方を歩いたのだろうと調べたが、判らな かった。原作の風景イメージとはもしかしたら異なっているかも知れないが、これは50年の歳月の中で自分の頭の中で醸成していたラスムスの歩いた風景と 人々なのだと思う。