見田村勝信さんの作品

ヴェスプレームでの想いで

私たちウイーン岐阜合唱団のメンバー42名で、2年ぶりの欧州演奏旅行に出かけました。9月19日から10 月日までの13日間の旅行。ブタペストでのジョイントコンサートの後、バスにてヴェスプレーム、バラトン湖、ウイーン、ザンクトヴォルフガング、プラハと 旅行してきました。今回の旅行の最大目的は、ブタペストのバルトークホールでの地元オーケストラと合唱団とのジョイントコンサート。そこでヴェートーベン の交響曲第九番を歌ってきました。幸い大成功を収める事ができ、満員のお客様からスタンディングオーベーションの嵐!皆感激しました。その後ハンガリーの ヴェスプレームとウイーンでは地元合唱団との交流会も行いました。
 
 演奏会の様子も、感動的でしたがここでは、ブタペストの西110Kmのヴェスプレームの街とそこでの交流会ついて書いてみたいと思います。
 
 ヴェスプレームの街は私たちの住む岐阜県と友好姉妹県の県都で、古い歴史の町です。
既に10世紀には町の小高い丘の上にお城が築かれていたそうです。1009年ハンガリー王イシュトヴァーン1世の時、ここに司教座がおかれたこともあり、 その後ハンガリーの文化の中心になりました。その妃ギゼラがこの町を大変気に入ってたとのことです。その後ここで歴代王女の戴冠式がおこなわれたこともあ り、王妃の市ともいわれるようになりました。そして蒙古襲来、オスマントルコの侵略、ハプスブルグ家の支配、第二次大戦などの幾多の試練を乗り越え今に 至っています。
ヴェスプレームの街は人口6万余、小さいですが丘の上にお城を望む、静かな美しい街です。


街並みの向こうの丘には、ヴェスプレーム城が
見えます。まさにボヘミアン!


      ヴェスプレーム城から見下ろす聖      1200年頃 王女マルギットが住んだ修道院跡

          ヴェネディクトゥスの丘と街並み

地元ガイドさんのお話によれば、1200年頃蒙古の襲来により、ハンガリーは国民の半数が殺されるような事 態に陥り、滅亡寸前でした。この地に逃げてきた王様は、神にこの次生まれる自分の子を神にささげるので助けてくれと祈ったところ、運よくフビライハーンが 死んだため、蒙古軍が引き上げました。まさに神風ともいうべきことで、王様は約束を守り、生まれてきた王女を修道女にしたとの言い伝えがあります。その王 女がマルギットです。


地元合唱団との交流会

地元合唱団の美しいハーモニーを聴いた後は、私たちの合唱団が管弦楽の伴奏により日本の歌を披露


交流会参加者、女剣士バーバラさんと記念撮影

バーバラさんは身の丈183㎝の美人女剣士。大学では日本語を勉強し、趣味は剣道とのこと。ハンガリー代表としてヨーロッパ選手権に出場するくらいの腕前。
剣道のどこが好きかと聞くと、流ちょうな日本語で「潔いところ」とのこと。ハンガリーの地でそんな言葉を聴くとは!感激。最近の日本人は忘れている言葉。
もともとハンガリーはマジャール人が中央アジアから移住してできた国ですが、日本とは多くの共通点があります。まず蒙古襲来のとき神風が来て助かったこと。つまり、ハンガリーはフビライハーンの死、日本は台風襲来によって助けられたことです。
その2は名前の書き順ですが、日本と同様、苗字から書くそうです。その3は蒙古斑がある子供が多くいることです。


交流会の後、記念撮影