酒井俊司さんの作品

「ブダペスト」の思い出

畑・森・家々、車窓の景色が少しずつ変わるにつれて期待感も徐々に高まりました。午前十時、ウイーンから 乗った列車は、ゆっくりとブダペスト東駅に停車しました。プラットホームに降りて妻と出口に向かうと、正面にアーチ型のファサードがくっきりと浮かびあ がっています。天井まで続く繊細な鉄格子を通して構内に降り注ぐ光芒がとても美しい。ガイドブックやネットの旅行記などで多少心配だった両替やタクシーの 勧誘なども無く、少しほっとして駅から出ると本物のブダペストが目に飛び込んできました。広場を囲む建物・行き交う車・道行く人々、あこがれの街はあまり 飾り気が無く質実剛健で落ちついた印象を受けました。

 とりあえずホテルに向かおうと地下鉄の入り口を探しましたが、駅前が工事中のためかなかなか見つからずちょっと不安になりました。思い切ってバスを待っ ている青年に尋ねると英語で丁寧に教えてくれました。フォリントの両替は日本で済ませてきたので、さっそく窓口で1日乗車券を買ってエスカレーターでホー ムへ降りました。日本よりエスカレーターが速い気がしましたが、きびきびしてむしろ心地よいスピードです。ブルーの電車に乗車して地元の人たちにまぎれる と、少しこの街に溶け込んだ気がして落ちつきました。
 ホテルでチェックインを済ませ、目的地の「メメントパーク」まで行くのにタクシーを呼んでもらいました。初めての国でのタクシーは多少不安でしたが、ホ テルのスタッフが運転手に行く先を伝えてくれたので安心でした。地図を見ているとほぼ最短のルートを走って公園の正門につきました。交通便があまりよくな いところらしく、降りるときに運転手が帰路の交通事情と、電話でタクシーを呼べる旨を教えてくれましたが、帰りはバスに乗りたかったのでお礼だけ言って降 りました。「メメントパーク」はどうして来たかったところです。パンフレットの写真で見てはいましたが、露天に展示保存された数々の巨大な像を目の当たり にすると、ハンガリーの歴史の一コマを見たようで感慨深いものがあります。
 帰りは地元の人たちと一緒に、バスとトラムを乗り継いでアンドラシー通りに出ました。ゆったりとした並木の道に沿って建ち並ぶ風格のある建物と美しい街 並みに圧倒されます。ようやく妻が楽しみにしていたアンティーク店を探し当て、かれこれ一時間ほどかけて古いレース・グラス・写真などを買いました。店の 優しいおばさんたちとのやり取りやすてきな笑顔が心に残ります。真っ赤な服を着て信号待ちのおしゃれなおばあちゃん、街外れの市場で蜂蜜を売っていた元気 なおばあちゃん、ブダペストの風に吹かれてイシュトヴァーン大聖堂の展望台から見下ろした街並み、丘の尖塔に沈む夕日、ドナウに浮かぶ鎖橋の曲線・・・・ あっという間に一日目が過ぎました。


メメントパーク                                                輝く建物


        窓辺                                                   アンティークの店


おしゃれな人

翌朝はとても早く目が覚めました。カーテンを開けるとどっしりとそびえる王宮が朝日に染まり始め、昨日とは 違った威容が望めました。既に車やトラムが走り、もう街の1日が始まっているようです。鎖橋を渡って王宮の丘を登り、眼下に悠々と流れるドナウと静かに広 がる街並みを一望します。王宮前の広場では思いがけず衛兵交代式に巡り会いました。すがすがしい空気の中での統制のとれた所作に私たちもつられて緊張しま した。少し先のお土産屋さんで、妻が旅の記念にヘレンドの小皿を手に入れてとてもうれしそうです。石畳の丘を下り、トラムに乗って緑の自由橋を渡ると、中 央市場に到着です。活気のある雰囲気を楽しみながら、名産のお土産と、ついでに気に入った毛皮の帽子まで買ってしまいました。
 午後は川沿いにトラムで国会議事堂に向かいます。少し疲れ気味の妻を議事堂前のベンチに残して、私一人で郵便貯金局に向かいました。途中の大きな公園の 真ん中から見回すと、周りの建物それぞれに個性がありまるで建築物の博物館のようです。あいにく郵便貯金局は修理中でしたが、微妙な屋根の曲線と光に反射 する壁面のタイル模様がきれいでした。議事堂に戻ると、ベンチに妻が見あたりません。探し回ってようやくたくさんの少年・少女に囲まれてにこにこしている 妻を発見!妻が名前を聞かれたので漢字で書いて見せてあげたら、見慣れない文字に興味を持ったらしく、頼まれてみんなの名前を漢字に置き換えて書いている ところでした。紙が無くなると今度は手のひらに書いてほしいと頼まれます。一通り書き終わるとまた別の友達が集まってきます。ついに妻一人では追いつかず 二人でどんどん書きました。いつの間にか帰りの時間が迫ってきたので、名残惜しかったけどみんなと手を振り合って分かれました。さわやかで、好奇心にあふ れ、率直な子供たちと過ごしたひとときはとても楽しく、私たち二人にとってこの旅で一番の思い出です。


朝日に浮かぶ王宮                                     王宮の丘から

ブダペスト訪問は始めてだったので、事前にハンガリー政府観光局から資料をいただいたり、ネットで情報を集 めました。ツアーは名所・旧跡が効率よく廻れてとても便利なのですが、どうしても駆け足になって思い出が薄くなってしまうので、私たちの旅行はいつも手作 りです。情報を集めるのは大変ですが、いろいろ調べて計画いるうちにいつの間にかその街に融和してゆく気がして、既にして旅のプロローグが始まるのが楽し いのです。二日間の短い滞在でしたが、この次に訪れるときはもう少し時間をとって、ハンガリーとそこに暮らす人たちの日常にゆっくりとふれてみたいと思い ます。