第3回「ハンガリー旅の思い出」コンテストの発表

ハンガリーをもっと皆さんに知っていただくため「ハンガリー旅の思い
出」コンテストの作品を募集しました。

たくさんの思い出をいただきありがとうございました。
皆さんの思い出を少しづつピックアップしました。

お名前をクリックすると作品へリンクします。

第1回2004年の作品はここから。第2回2005年の作品はここから。
第4回2007年の作品はここから。第5回2008年の作品はここから。
第6回2009年の作品はここから。第7回2010年の作品はここから。
第8回2011年の作品はここから。第9回2012年の作品はここから。
回201年の作品はここから。

どうぞ素敵な思い出作りの場として、ハンガリーへご旅行ください。

お知らせ:手書きの原稿からのリタイプの過程で、またHP上での見易さを配慮し、
オリジナルから若干の変更があります。
さらに、地名などの明らかな誤りは修正させていただきました。アクセント記号も
文字化けを防ぐため省略させていただきました。

賞品 お名前 ハンガリー旅の思い出ダイジェスト 思い出の写真
局長特別賞

「ヘレンドイヤーカップ」「貴腐ワイン」「フォアグラパテ」
槇 さん 「人生を楽しむ国-ハンガリー」

市 内のドナウははっと息をのむ思いでした。世界の 大都市に川は付き物だが、これほど大河と街を調和させたところはあるか。涙が出るくらい感動した。都市の美しさは地域に住む人の教養の深さ、ライトアップ されたくさり橋はなんと優雅なものか、心がきゅっと締め付けられる思い。ワインを味わいながらドナウの橋をくぐるときのえもいわれね気分、人生こんな夢の ような時間を過ごすことがあってもいい。
ハンガリーを体験し、欲求不満の固まりになってしまった。帰国当時は寝ても覚めてもブダペスト。我が郷愁のハンガリー、はるか麗しきブダペスト、ひっそりと東洋の旅人が行きますから待ってて。
A賞

「ヘレンドイヤープレート」
松下 さん 『ハンガリー旅の思い出』

長旅の最後をブダペストにしたのは、この街が私にとって特別な場所であり、見知らぬ土地から帰宅した時のような安堵感を与えてくれるからである。
あ る町でプラントの建設工事に携わった。苦境にあるときもハンガリーの人たちは非常に暖かく、週末になると毎週代わる代わる私を自宅に招待し、歓待してく れた。コンピュータが届かないことについても『お前のせいではないのだから、あまり深刻に考えるな』と言って慰めてくれた。
客先が帰国のための 航 空券を手配してくれたが、帰りの便は何れも満席なのでブダペストで待機して欲しいと言われ1週間先のチケットを渡された。後になって 考えると、日本行きの航空便が全て満席と言うことはありえないので、これは多分客先が私に休暇をくれたのではないかと思っている。しかし私がハンガリーの 人たちを好きになった理由は、このような大きな気配りをしてもらったからだけではなく、もっと優しく繊細で寛容な、あたかも母親が子供の世話をするように 見返りを求めず、親切を受けている本人が気づかないような心配りをいつも感じるからである。
B賞

「トカイ貴腐ワイン6プットニュシュ」
田村 さん 「"ひかりのまち"に戻ってきた」

飛 行機の窓からブダペストの街を見るといつもこう思う。そして、あまりの美しさとまた来れた嬉しさで涙ぐんでしまう。まだ到着もしていないのに涙ぐむの は、この国だけである。ハンガリーについて全く知識もなければ、興味もなかった。それが、今では友人の間で「ハンガリーマニア」というありがたい称号まで 頂き、またハンガリー語を勉強するほど、ハンガリーに興味を持つようになった。ハンガリー人、日本人問わず誰もが私に「ハンガリーのどこが好きなの?」と 問う。そんな時、困りながらもきまってこう答えることにしている。「街が綺麗で、食べ物が美味しく、人も親切だから」と。1人でも多くの人がハンガリーに 興味を持ってくれることを願う。そして、願わくば観光向けの上っ面だけでなく、複雑な歴史や豊かな文化にも興味を持って頂けたら、一ハンガリーマニアとし て嬉しく思う。そう、私はこの国に恋している。ライバルが増えるのを苦々しく思いつつも、願っているのだ。
C賞

「スパークリングワイン」
横山 さん 「人のやさしさと自然の美しさに感動」

路 上で出会った70を過ぎる老夫婦に尋ねたところ、案内しようと先に立って歩き出した。ホテルの前で、「ここだよ」と言ったものの、なぜか不安そうな顔で そこを離れない。私たちが部屋の交渉をし、満室で断られ、外に出てくると、気の毒がって、「市街のはずれにあるBホテルまで案内する」と言ってくれた。そ れではあまりに申し訳ないからと辞退したら、2人は心配そうに何度も振り向きながら去って行った。
アグテレク鍾乳洞の鍾乳石のあまりの多さ大きさ美しさに圧倒。暗くなったホルトバージの駅員は宿の手配を。ホルトバージ何も無い世界遺産というのも面白い。
D賞

「アカシア蜂蜜セット」
大谷 さん 人の情けと

暖 かいハンガリーの人たちの出会い。オペレッタ劇場でより良い席を教えてくれた人、お財布を落としたとき、リレー式に色々な人に話してくれた。空いてた バッグのふたを教えてくれた年輩のエレガントな女性。美味しいソーセージ選びを手伝ってくれた人。切符を買うのを手伝ってくれ小銭に替えてくれた学生さ ん。
この旅ほど言葉ができないで悲しいく思ったことはありませんでした。
感謝の思いが伝わらないのではと心配でした。
馬術に長けた人々を拝見し懐かしく本当に懐かしくおもいました。
渡辺 さん 「ハンガリー」

ガイドブックもカメラも持って行かないことにしました。
帰 国してから、私はハンガリーのガイドブックを買いました。そして、ネットで『ハンガリー』を検索しました。「行く前に買ってよ!」「行く前に見てよ!」 という娘のつっこみが聞こえてきそうです。でも、旅の復習をしたくなったのです。こんなことは初めてです。ルーマニアも含めて今回のツアーで一番好きだっ たのはエゲルのホテルで、一番楽しかったのはブダペシュトの街でした。ルーマニアとは違いハンガリーでは無愛想な方が多く、私たち母娘が奇異に見えたから かと心配しましたが、他の人もそうだったと言います。でも、私にはハンガリーの人々のそっけない態度の方が居心地が良いように思いました。無愛想な中に優 しさや暖かさを感じることがありました。ハンガリーは、今も私の心の世界地図の中心地です。
カメラを持たない旅
参加賞

中欧4ヶ国地図

(アイウエオ順)
 
石田 さん 「ハンガリー旅の思い出」

外 に出て対岸を見れば、そこは、スロバキアとのこと。半分ずつ管理している、という両国を渡す橋のむこうに住宅団地が幾つも見えました。そこが「外国」で ある、という欧州大陸を実感した一瞬でもありました。多くの人が漠然と持っているような、欧州の印象とは全く違っていたハンガリーは、私の視野を大いに広 げてくれました。
山内 さん 初めてのハンガリー旅行

これまで生きてきて、ハンガリーに旅行することなんて絶対ないと思ってました。唯一知っていたことは、同じモンゴロイドの血を引く民族であること。
「ゲッ レールトの丘」ジグザク歩きとかして登って、丘に到着すると、、、す・ご・く・き・れ・い!!世界遺産と言うだけあって、一見の価値がある風景でし た。写真撮らなかったとしても、絶対忘れない風景でしょうね。ドナウ川氾濫!私と友達は道をもどって遠回りするのが嫌で、その階段の壁にしがみつき、ミッ ションインポッシブル状態。1泊2日の短い旅でしたが、とても貴重な体験をさせてもらいました。
桂川 さん ハンガリーのドライブ旅行

友人が、オーストリアのウィーンとクロアチアのザグレブにいる機会を利用して中欧を夫婦二人でドライブ旅行を計画し、途中に昔から訪れてみたかったブタペストを訪問しました。
アメリカでの右側通行には慣れていましたが、欧州での運転は初めてで、出かける前の1ヶ月は、インターネットにかじりついて、欧州の運転事情の調査を一生懸命行いました。
小宮 さん ノスタルジアという名の写真館

セ ンテンドレで「ノスタルジア フォト」という看板を掲げた小さな写真館の前に来た。 看板には写真を撮る人の姿がシルエットで描かれていた。その姿を見た瞬間に、私には半世紀以上も昔 の記憶が鮮やかに甦り、私はその場に釘付けになってしまった。私が中学生の時に教えを受けた化学の先生が、そのようなスタイルで私ども生徒の写真を撮って 下さった。
日本に帰り、中欧の旅は終わっが、先生を訪ねる新たな旅を始めることになりそう。いつの日にかもう一度あの愛すべきセンテンドレの町と「ノスタルジア写真館」を訪ね。ぜひとも写真館主に会って、私のノスタルジア物語を話したいと思う。。
斉藤 さん 「ハンガリー旅の思い出」

ハ ンガリーへの旅は、六カ国目の最高峰を目指す山旅でもあった。やっとの思いで到着したケーケシュ山頂は小雨と濃霧で煙り、樹林が覆う車道端にハンガリー 最高地点の碑がポツンと置かれていた。運転手に記念撮影してもらった写真には、薄暗い光景をバックに私の笑顔と最高地点の碑だけが写っている。
佐伯さん ブタぺスト観光(印象と要望)

ブ タぺスト、プラハ、ブルノ、ウィーンと回りましたが、最初の訪れた貴国が家内共印象深い思い出になっています。勿論、プラハのプラハ城からカレル橋、オ ペラ鑑賞、夜景、ウィーンの教会、宮殿、ホイリケのワインなど、盛りだくさんの観光スポットを楽しみましたが、何故ブタぺストが特に一番印象深く思い出さ れるのかと、帰国後考えてみました。
坂下さん ブダペストの5日間

私たちの旅行のパターンとして、まずは全体をつかむために3時間コースの市内観光バスで、観光名所を一回り。日本語で案内するイヤホーンがありました。
旅は人との出会いの喜びでもあります。いくつか述べていますが今回も、言葉は十分に通じなくても多くの出会いがありました。時々写真を見ながらもう1度行きたいね、今度はあれも見よう、ここにも行こうと話し合っています。。
重盛 さん ハンガリーの旅の思い出

いまさら思い出を書かなくてもいいはずなのに、止むに止まれぬ気持ちで書くことにした。
温 泉にわれわれが入っている間に、歩いて7~8分くらいの中央市場に主人達二人は行って過ごしました。待ち合わせ場所にしていましたが、落ち合ったときに は二人ともご機嫌で、どんないいことがあったのでしょう。そこではワインを量り売りしており、グラスをかたむけながら、お店の主人と、地元の男性客と主人 と友人の4人で、英語混じりの、身振り手振りよろしく、愉しい話がはずんだそうです。
首藤 さん ハンガリー! 忘れられない笑顔の子どもたち

今 回のこの旅で私が最も心を動かされたことは何かと言えば、それはたくさんの子どもたちの笑顔を見たこと、またその笑顔と同じような笑顔と笑い声に囲まれ た楽しい日々を与えられたということだ。どこに行っても一様に表情が明るいことに何故かはっとさせられた。これまでもいくつかの外国に出かけたが、物乞い の子どもたちに出会わなかったのはハンガリーだけだったということも、私にはほっとさせられる経験である。その背景にはきっと何かがある、日本などでは 失ってしまった何かがあるに違いない。
徳方 さん ハンガリーで民宿しながら見たこと、思ったこと

いま、日本で失われてしまった夏休みの風景が、ハンガリーではしっかりと子どもたちの中に息づいている様子で、本当に羨ましく思う。
2階から見た風景に息をのみました。緑色の木立が広がる中に、赤い屋根の家々が点在し、水平線の向こうにはバラトン湖の水面がきらきらと輝いていた。その風景を見た瞬間、「あ、これは安野光雅の世界だ」と思った。
今回の旅で、とくに感じたのはハンガリーのマジャール人としての民族意識の強さ。
2ヶ月半の夏休み、その間宿題もない、日本のように塾もない、と言う話をきくと、日本とのちがいにため息が出ます。「日本と比べてずいぶんのんびりした感 じを受けるのですが、日本の子どもとの学力差を感じますか?」という私の質問にあなたはこんな風に答えられました。
西本 さん 「ハンガリー旅の思い出」

ハ ンガリー1カ国周遊という世にも珍しいツアーに参加する機会に恵まれた。「果たしてあの夜景以上に私の心に響くものがあるのだろうか」「ブダペスト以外 にも見るところがあるのだろうか」と不安を抱えたままツアーは始まった。しかし予想に反して、初日の観光から私はハンガリーに対する認識を改めるととも に、誘ってくれた友人に感謝することとなった。思い返すとハンガリーという一国でも、本当に沢山の切り口があるものだと改めて懐の深さを思い知った。もっ と世界に目を向けねばと少しずつではあるが東欧史をかじりだしたのだが、やはり歴史を知ることで今回の旅にも奥行きが生まれてきた。書物から学んだことを 自分の目と耳で再確認するべく、いつの日かハンガリーの旅"2周目"に出かけたいと思う。
橋田 さん 「ハンガリー旅の思い出」

「2006年 今年の旅の目標はハンガリー」友人に宛てた年賀状にこう宣言した。
「地図を広げて旅のおさらい」 
「温泉、お酒、落ち着いた人柄」
「緑したたる5月の大地」
「魔法の言葉 "YO NAPOT"」
「私のエゲル讃歌・千年の歴史を持つ街・エゲル」 
羽生 さん 訪ねる度に心魅かれるハンガリー
~クリスマスの小さな旅・ペーチ~

独 り旅で地方都市への一泊旅行を無事にやり遂げたことは、本当に大きな自信となり、チャレンジすること行動することの楽しさ醍醐味を改めて体感できる絶好 の機会となった。言葉のできない外国人を暖かく助けてくれたハンガリーの皆さんの優しさと、街々の奥深い魅力にますますとりこになり、私のハンガリーへの 熱い想いはとどまるところなく、どんどん昂じていくばかり。
藤澤 さん ブダペスト旅日記 2006年

道路わきに広大な遺跡が見える。
ローマ時代の水道橋、円形劇場も十分見学できる。
円形劇場の内部で、剣道衣を着た若者が5名 剣道の練習をしていた。
戻りは郊外電車、マルギット橋からトラム46でモスクワ広場
バス14でマーチャーシュ教会へ。17時を過ぎていたので、教会は信者の祈りのため観光客は入れない。
水戸 さん ハンガリー追想曲‥・
エステルハージ宮殿へのはるかな道

さ あ、これからは自由行動である。今日の午後は郊外のゲデレー宮殿に、そして明日からは中世の古都・ショプロンへの一泊旅行に、三人だけで列車で出かける 予定なのだ。列車の時刻や切符の買い方をハンガリー政府観光局に問い合わせて準備した、言葉の分からない国での小さな冒険の始まりだった。
トラブルの無いたびは楽しい思い出ばかり残るが、それ以上の感動をもたらすだろうか。沢山美しいところがあったが、今心に深く刻み込まれていることは思いがけない体験であり、いろいろな場所で出会った人々の姿や言葉である。
立命館大学ユネスコ・ハンガリー調査実習チーム さん ハンガリーの旅の思い出 

旅の目的は、ハンガリーの街並み保存と、水資源を利用した持続可能な開発を調査するため。
ハンガリーの学生たちは、陽気で、我々にとても親切にしてくれた。彼らは、大学で我々が活動するのに困らないように、日本語でトイレや食堂の場所を示した道案内の紙を、大学の至る所に提示してくれていたのだ。
町 の景観を守るための条例はほとんど存在しないこと、市民の景観保護の意識の高さから景観が守られていることを知り日本との差を痛感した。夜、再びレッ ゲールトの丘を登った。丘から見下ろすブダペスト市の夜景は実にロマンティクで、言葉を失うほどであった。今まで自分が訪れた中で一番美しい景色といって も過言ではない。
この旅は非常に貴重な経験であったと感じていた。なぜなら、現地学生と共に学び、遊ぶという、一般の観光コースでは体験できな い経験をしたからだ。皆、視 野が広がり、国際人としての素養・感覚を身につけることができたと思う。さらに、日本文化のアイデンティティを再発見・再認識する契機にもなった。


お知らせ:手書きの原稿からのリタイプの過程で、またHP上での見易さを配慮し、オリジナルから若干の変更があります。
さらに、地名などの明らかな誤りは修正させていただきました。アクセント記号も文字化けを防ぐため省略させていただきました。